Healing MANI

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リーディングセッション・ひぷのセラピー

シェア> 伝説の占星術師の予言

前記事で シェアしたいとお伝えした

今、心に留めておきたいと思っているのは...

 

"伝説の占星術師 アンドレ・バルボー氏の予言"

 

昨秋、X(旧twitter)で知りました。

 

S.J.Anderson氏のtweet(2023.10.22)を

同じく 占星術師 アマン ジョーシ氏が

翻訳もしてリツィートされたのです。

 

↓↓↓ 

 

最近、私は伝説の占星術師アンドレ・バルボーの

現代についての予言をいつも大切にしている。

 

バルボー氏は

「2020年のこの危機の時期は

 天王星が牡羊座の土星・海王星とセクスタイルとなり

 水瓶座の冥王星がトラインとなる2026年に解決される。

 その後、9つの上昇サイクルが起こり

 21世紀で最も美しい配置になるだろう」

と書いている。

 

2020年代の世界的危機は、2023年後半にはさらに激化している。

それでも私は前向きであり

人類にとってより明るい未来を思い描いている。

心に描いたことは、新しい現実を形づくるのに大きな力を持つ。

平和をビジュアライズしましょう。

 

多くの占星術師が今後の困難な占星術を懸念していることは

重々承知しており、私もその一人であり

ニュースは確かに厳しいものであることも理解している。

 

それでも、平和、安定、愛、そして

世界的な創造的ルネッサンスの予測に信頼を置くことには価値がある。

 

最終的にバルボー氏のビジョンが間違っていたと

証明されたとしても、それはそれでよい。

しかしそれまでは、専門の占星術師による解決の予測を

信じてみてはいかがだろうか。

彼はソ連崩壊と新型コロナウィルス危機を予言し、

的中させたことが非常に多かった。

 

 

バルボー氏(1921-2019)は、占星術の中でもマンデン占星学

・・・外惑星の配置で、国や大きな組織、社会動勢を読み解くことに

注力されていた方だったようです。

昔は(今も!??)、政治的に星読みが活用されていたことを考えると

元々はこちらが主流とも言える分野かもしれませんね。

 

彼は最晩年、占星学界から引退してからも

2026年 "美しい配置"によって現れるであろう新世界の

楽観的見方を変えることはなかったそうです。

 

もちろんこの予言をどう捉えるかは個々人次第。

ただ、今私は

 

 最終的にバルボー氏のビジョンが間違っていたと

 証明されたとしても、それはそれでよい。

 しかしそれまでは、専門の占星術師による解決の予測を

 信じてみてはいかがだろうか。

 

S.J.Anderson氏のこの提案に乗ってみたいと思うのです。

お得意の

”そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし”

それくらいの緩さで、でも期待と祈りも込めて・・・

 

 

新春のご挨拶🎍🐉

思いがけない大変なことが起こり

ご挨拶のタイミングを計りかねるような

そんな年明け。

 

心は寄せつつも、自身の暮らしにフォーカスして...

3.11の時に学んだはずでしたが

やはり多かれ少なかれ心を持っていかれているよう。

今一度、地に足をつけることにフォーカスしたい松の内🎍最終日

 

京都出雲大神宮でいただいてきた干支守🐉

 

改めまして

初春のお慶びを申し上げます🎍🐉

日々大切に 心穏やかに過ごせますように...

今年もよろしくお願いします😊

少しペースを戻してUPしていけたらと思っております。

言っちゃった笑

 

 

さて...

星読みの方々も以前からおっしゃっているように

これからもしばらくは

心を揺さぶられるようなことが起きるのかもしれません。

これまでの当たり前がもっともっと通用しない世界に

なっていくのかもしれません。

 

そんな中、一つの御守りのように

心に留めていることがあります。

 

"伝説の占星術師 アンドレ・バルボー氏の予言"

 

シェアしたいのですが、少し長くなりそうなので

次の記事にて。

 

 

Just F.Y.I.

今回に限らず悩ましい募金先。

能登半島の地震については、こちらがダイレクトに届きそうかなと。

ご参考まで。

www.pref.ishikawa.lg.jp

母からの子育て遺伝!? に想う

下書きからの救済をば。
魚座満月の日に書き残していたようなので
2023.8.31頃のMANIが書いております。
 
この頃の私って...
確かに私なんだけれど、微かに漂う別人感。
細胞は日々生まれ変わっていて
一番周期が長い骨のそれも
半年もすれば入れ替わるそうなので
然もありなん。違うか:p
 
ただ、たしかに
(そんなふうに思いつめておったのか 可愛いやつよのぅ)
と思う私もいるのです 笑
 
息子との関係性の変化とともに 捉え方も軽やかに。
卵が先か鶏が先か、ということなんだろうけれど。
 
これ以上前置きが長くなる前に本編へ。 
 
----------
 
昨日の朝のこと。
ベッドに転がったままスマホをいじっていたら
あるツィートが目に留まった。
 
 ある人が
 お子さんが洗濯物を畳んでくれたのに
 ズボンのたたみ方について否定的な一言。
 するとお子さんは「もうやらない」と。
 
 それに対するアドバイス的に
 まずは「ありがとう。助かるよ」
 次に「タオルがきれいにたためたね」
 と良い部分をほめ、その後で
 「ズボンはこうするといいよ」
 と言えばよかったかも。
 言葉は順番が大事。
 
そんな内容だった。
おっしゃる通り。
普段なら、流してもおかしくなかったツィート。
 
なのになぜか、それをきっかけに
頭の中でぐるぐる🌀始まってしまった。
 
 
 
私の母は...
 
たとえば、テストで 95点だった時
「あと5点で満点だったのに...」
と言ってしまう感じ。
「がんばったね」とか「すごいね」ではなく。
 
今ならわかる。
認めてくれているのに
そこの表現をすっ飛ばしてしまう。
 
きっと褒めてもくれていたんだろう。
 
でも子どもだった私には
至らなかった自分の方が 色濃く残ってしまったようだ。
 
親も子もなんて不器用なのだ。
 
かと言って
愛情を感じられていなかったわけではなく
その真逆
愛されていたという自信すらある。
 
そうか、その複雑さゆえに、拗らてしまうのかもしれないなぁ。
 
いわゆる思春期をあまり考えずに通過してしまった私は
第二思春期(中年の危機)で拗らせてしまった。
愛されていたのはわかるけれど
私が望む愛され方ではなかったとかとか。
 
今ならわかるのですよ。
母自身の人生の背景があってのことだろうと。
ふと、屈託のない笑顔の母が浮かんだ。。。
 
 
子育て前に気づけていたらよかったのだけれど
息子と私の思春期が同時進行したのだ。
そりゃぁ大変だったはずだわ。
 
そろそろ子育ての卒業が見えてきた頃
母と同じようなことをやってしまったと
反省と申し訳なさと後悔ばかり
ひどく落ち込んだ時期もあった。
 
ただ 子育て失敗でした的なことは
子どもに対して失礼極まりない。
至らぬ親でごめんよ。母なりに精一杯ではあったのだよ。
優しく立派に育ってくれてありがとう。
 
 
いつか、息子が親になる時が来たとしたら
その前でも、いつでも
そんなこんなを話せたらいいなぁと思った。
ま、話せなくてもいいか 笑
 
そんなこんなに ぐるぐる🌀と思いを巡らせた
ほぼ 満月の朝のことでした。
 
魚座満月🌕✨ 怖るべし。
 
 
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まだこれ↑を加筆修正中で下書きに残したままだった
昨日のこと。友人とのおしゃべり中
彼女が同じ感覚の話をしてくれたのですよ。
 
母親のお手本というかモデルケースって
基本的にはひとりじゃないですか。
つまり、そのやり方しか知らない、見たことがない。
もう骨の髄まで !? 染み込んでいる。
それにすら気づかない程。
 
この歳になっても、ふと
 母を踏襲している!
と気づいて愕然となることがあったり。
もちろん、嫌だなと思うことだけではなく。
 
もしも
家系的なカルマがあるとするならば
その中に
受け継いだが
繋げていきたくはないことも含まれるとするならば
 
気づいた者が解いていくことで解消、貢献できる
気づくために体験させられている←言い方💦
もとい、経験させていただいている
 
という捉え方もできるのかもしれないな...
 
なんて思った射手座新月🌑✨京都の夜   でした。